STAFF EYE'S
スタッフアイズ
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UPDATE
2025.08.28
社会に出ると、論理的に考える力が求められる場面は多い。会議では数字や根拠を示して意見を述べることが基本とされるし、データをもとに判断する姿勢は説得力を持つ。けれど、論理がいくら正しくても、相手の心に響かないことがあるのもまた事実だ。
一方で、人は感覚によって判断することも少なくない。「なんとなく違う気がする」「この方向が良さそうだ」という直感は、経験の積み重ねから生まれる場合が多い。ときには論理よりも素早く本質をとらえることさえある。しかし感覚は個人に依存するため、他者に共有するのは難しく、独りよがりに見えてしまうこともある。
では、論理と感覚のどちらを優先すべきなのか。以前にも感覚と論理のバランスについて書いたことがあるが、やはり自分にとって大きなテーマだと感じている。そして最近は、その二つをつなぐものとして人間性の役割を意識するようになった。人間性といっても特別なものではなく、相手の立場を理解しようとする姿勢や、状況に合わせて言葉を選ぶ柔らかさなどのことだ。論理が強すぎれば冷たさを感じさせ、感覚に偏りすぎれば根拠のない思いつきに映る。その間を調整するのが人間性だと考える。
例えば、同僚が仕事で失敗した場面を考えてみたい。論理的には原因を分析し、再発を防ぐ策を練ることが必要だ。感覚的に本人はかなり落ち込んでいると察することもあるだろう。そして最終的にどう言葉をかけるかを決めるのは、その人の人間性だ。事実を冷静に伝えながらも次の挑戦を後押しできるのか、それともただ叱るだけで終わるのか。その違いは大きい。
振り返ってみると、論理を整えて説明しても相手が納得しなかった経験もあれば、理屈ではなく「一緒にやってみよう」という一言で場が前向きになった経験もある。その差を生むのは、論理や感覚の優劣ではなく、相手をどう受け止めるかという人間性の有無だったように思う。
結局のところ、論理は道具であり、感覚はセンサーにすぎない。それらをどう使うかを決めるのは人間性なのだと思う。
石川翔也